田中さん、児玉さん、大友さんがK2登山隊に参加しています。

●現地の登山隊情報(保坂隊長等からの報告を事務局から転送していただいています。)

【8月4日(火) 23:45 保坂隊長報告(メール)

日(火)「登頂断念でC3まで下山し退避中」
天候の悪化(ジェットストリームの南下)と他隊の状況を総合的に判断して、登頂断念
   【登頂断念までの経緯】

■現地時間PM2:00(日本時間PM6:00)現在
>定時交信にて、体調把握と状況解析、気象変化を掴み定時交信で変化を伝えており、最終の段階に入っております。
>他隊は南南東リブ隊8名は登頂断念し、帰途についており、国際隊1名の南東稜アタックメンバーもボトルネックで苦戦中(詳細は届いていませんが、ルートが延びないと言って来ています)
>我アタック隊のその後ですがC3(7350m)に1泊し、8:00に出発しPM1:30にC4(7900m)に入っております。(体調は夜間と行動中に酸素ボンベを吸っており、良好との事です)
>今後の予定は4日PM8;00に遠藤隊員、西川隊員、小谷部隊員とハイポーター(アリムサ)がサポートし、アタックに向かいます。(ハイポーターのファズルアリはC4(7900m)で不調を訴えてサポート断念との連絡でC2の安全圏に入ったとの連絡を受けました)
>月は満月で天候の好天を祈るのみです。山頂の風は強いようですが、現場は予報に反して風がないとのことです。
■現地時間PM4:00(日本時間PM8:00)現在
>猪熊さんの気象情報により、ジェットストリームの南下で
明朝8:00には安全圏に入った方が良いとの連絡です。
>また、
他隊全員がアタックを断念して下山との事になりました。
>4日にアタックを試みた
他隊はボトルネックの下で、胸までのラッセルで遅々として前進できず、下まで降りたそうです
総合的に鑑みて、わが隊も苦渋の選択ですが、C4よりC3へ退避し、登頂を断念することに致しました
タック隊員には異議異論を堪えて、無念の涙を飲んでいただきました。
      (BCでは無事の下山を祈りつつ、無線オープン対応で臨みます。)
>今は隊長としての隊務に専念し、無事の帰国まで最大努力いたします。(BCの隊員は元気に過ごしております。)
今季のK2は登頂の声を聞くことなく終わりそうです。(未確認登頂者1名あり)

  多方面よりご支援いただきました方々に感謝しつつ(BCより、保坂隊長 「現地時間4日PM8:00」)

【児玉隊員からの報告】

■児玉隊員から応援してくれた皆様へ(原文)
  突然のアタック断念すみません。
  頂上からの写真をと夢に見ていましたがかなわぬこととなってしまいました。
  なかなか登攀のスピードが上げられず、1回目より2回目、3回目より4回目とむしろ遅くなっていきました。
 アタック時のC1入りもビデオを回したせいもありましょうが、疲労困ぱいでテントに入りました。
 翌日のC2へは他のメンバーに迷惑をかけてはならないと早く出発する予定がC4の食料のことなどで逆に一番遅く出る羽目に至り、他のメンバーからズルズル遅れてしまいました。
 ペースを上げようと努力したのですが、駄目でした。途中、いろんな事を考えました。
 最終キャンプC4ら頂上に行き、C3あるいはC4まで帰る自信がどうしても湧かないのです。
 8,000mを超えてからの帰還に自分自身に責任がもてなくなりました。
 上部にいるメンバーに大声で「降りる」と叫びながら私のK2は終わりました。
※ BCでは、隊長・副隊長に手を取っていただき、涙して迎えてもらいました。幸せ者です。


  ※県岳連はじめ、ご支援いただきました皆様に感謝申し上げます。
(事務局より 8月5日AM2:00)
   (全員の無事帰国を待ちたいと思います。ご家族の皆様も大変有難うございました)

 【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
 

 【8月4日(火) 18:00 保坂隊長報告(衛星携帯)

 日(火)「PM5:30(現地PM1:30)C4へ到着」
  アタック隊は現地時間のPM1:30にC4(7900m)に到着し、今夜からのアタックに備えています
    >アタック隊は3名(遠藤隊員、西川隊員、小谷部隊員)ハイポーター1名の計4名です
    >
他隊は本日アタックを試みましたが、ボトルネックで苦戦し、全員登頂を断念しております
    >明日の午後から天候が悪化する予報ですが、
現地時間の本日PM8:00からアタックに向けC4を出発予定です

◆8月3日受信【8月2日(日) 保坂隊長報告

日(土)「アタック隊員の見送り:BC〜C1」
BCでアタック隊員4名(遠藤隊員、西川隊員、児玉隊員、小谷部隊員)を見送りました。
小林隊員の動向は、スカルドのコンコルデアモーテルで、ニッパの社員と平出ICI社員(東海大OB)と共に
イスラマバード行きのフライト待ちです(胸の痛みも取れ、食欲も出てきたとのことです)(この件はまずは安心で、BCにて全員胸をなでおろしたところです。)
日(日)「アタック隊員:C1〜C2へ」
アタック隊はC1に1泊し、C2にPM3:30到着。
アタック隊の児玉隊員は体調不良にて、前線から離れてBCに下山中となりました。
  (児玉隊員の離脱は、今まで頑張って来たゆえに大変残念です。)
今後の予定は3名(遠藤隊員、西川隊員、小谷部隊員)でC3に入り、これを2人のハイポーターがサポート(アタックまでの好天を祈るのみで、山頂の風、霧のないことを祈念しております。)
>BC付近は氷河の上ですので、高山植物も何もありませんが、側壁にはそれなりに植物があり、ビックリです。アズマギク、マンテマ、エーデルワイス、弁慶草、都忘れ、仏の座の高山タイプ、雪蓮、深山アマナ?等々、(高度障害で名前を忘れてしまいましたがいっぱいあります。K2の花々と題し、写真集など考えています)
>今は
隊長としての隊務に専念しており、無事の帰国まで最大努力(BC隊員は元気に過ごしております。

【今後(アタック)の予定】
  8月3日「月」:C2(6800m)→C3(7350m)
  8月4日「火」:C3(7350m)→C4(7800m付近に建設予定)
  8月4日「火」夜〜8月5日「水」:C4(7800m付近)→5日AMに登頂(8611m)予定→帰路(C3またはC2泊)

  8月6日「木」:BC(5080m)帰着予定
【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK

 ◆7月27日受信(BCからの連絡です。)
 【7月27(月) BCから保坂隊長報告(井筒隊員が送信)

 25日(土)〜26日(日)「C3建設後、全員BC帰着」
7300m付近にC3を建設(保坂隊長、遠藤隊員、西川隊員、 児玉隊員、小谷部隊員の5名+ハイポーター2名)
>C3付近はホワイトアウト状態、C2に1泊し、26日にBC帰着(西川隊員はC1に1泊し、BCに早めに帰着)
>ハイポーター(アリムサ、ファズルアリ)は次の日、C3へ酸素を荷上げ、26日の夕刻BCに帰着。
>予報ではこれから好天が続く予報で、ローテーション及び順化の関係で、上部と他隊動向を観察しながらの行動です。
>上部はスペイン、韓国、カザフスタン、中国隊の順です。
>BCに久しぶりに下から山羊が上がって来ており、みんな腹の中に入りました(マンゴーもシワク チャながらおいしく頂きました)
>ニッパトラベルの手配でコーラも全員分入手し、C3建設後の今後の予定を模索中です。
アタックメンバーは最小で?
体調良好者、ここまでの不調者と、隊を2分すべきか?
好天周期が次はいつなのか?
荷上げ状況、酸素、テント、燃料、フォロー体制、万全か?
隊長の私自身隊務遂行のためBCで居べきでないか?
等々、アタックに向けて総合判断し、次回好天周期に向けてアタックを致したいと思います。
>このルート全体は最少通過、雪崩れ回避、ロープテンション(すでに結んであるひもやロープの張力を調整して固定する止め具)
を使用者が判断し、対応決断
ドイツのガリンダ隊はボトルネックより敗退(もう1度トライ予定との事です)
>日本を離れ約2ヶ月、日本からの情報は何一つ目に触れず、世界情報も何も入りません(ただひたすら「K2」あるのみ)。
【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK 
◆7月21日受信(BCからの連絡です。)
BCより第5報 7月20日 本日休養日
> C1〜C2〜C3へ行ってまいりました。猪熊情報を基にタクテックスを建てての行動です。ABCより以降の登山形態を紹介します。 アイゼンをつけてそのまま出発です。通称軍艦岩まで1ピッチ300mはノーザイル、ここから我々が張ったフェックスの始まりです。ひたすら直上し、ロックとスノーの中間を行くルートです。雪崩とか落石からいつでも逃げられるルート構成です。その後、リッチを絡みながら直上を続けると雪面が出てきて大きなピナクルの上がテラス状となっており、600mの高度感ある所です。 (雪の斜面)を勝手に階段状にしてテント設営です。わが2テント設営です。 韓国隊、スペイン隊、ロシア(カザフスタン)中国隊、我々隊です。
> C1からすぐ直上を続けると、岩とアイスのミックスでリッチが絡みあい東面側を進みます。 このルートの最後はイエローロックの上に出ることです。ここをハウスのチムニーと呼ん でいます。古いスチールラダ―が残置されています。60mくらいをクリアーすると雪斜面が続きます。2ピッチですがC2です。ここはテントの墓場状で過去の登山隊の残置テン トは故意か、やむをえない事情かわかりませんがテントの上にテントを張る状況です。 ここはK2のBCから見える位置にあります。BCから双眼鏡で確認できます。
>C3については上部に向かって左側より取り付き、直上を重ね、尾根に上がるのに梯子が有っ たり変化の富んだルートです。休憩場所もないルートですが。尾根上で大を模様し、 私、保坂が不覚にもザックをおいて用を足した帰路、ザックもろとも、トランシーバー を落下させてしまいました。 損害は携帯の無線機1台で実害は最小限で済みました。ヤマト無線様へ、上記の模様連絡 いただければ幸甚です。 空身状態の保坂と西川そのまま高度を稼ぎ 約7080付近でC3地点と断定し下山を開 始いたしました。上にはスペイン隊の1名と韓国隊のシェルパ2名が上がってきました。
> C3よりの帰路C2についたと同時にC1 遠藤、小谷部が上がってきました。14:30 児玉隊員はさらに2時間後C2到着し、C2は5名の隊員で2テントに分散宿泊となりまし た。 夜間、新高度での宿泊であり、児玉隊員 安眠できず、意識障害も出たとの報告あり。 小矢部隊員 ダイナモックスを服用し、意識を平常に保つ努力を計ったとの報告あり。 翌日の行動予定は保坂下山と西川下山に引かれるように児玉下山を決定しました。 西川、保坂はABCでハイポーターと合流し、13:30 BC帰着。 遠藤隊員と小谷部隊員は天気待ちで1時間ほど模様を見たが回復の兆し無しと見て下山開始。児玉隊員と合流してBCに4:10分BC到着いたしました。
>本日はヘリが国際隊の不調者とブロードピークの凍傷者を乗せて離陸していきました。 朗報ですがスペイン隊のDr28歳氏が C3より11時間でアタック サミッター になったとの知らせがありました。遠藤隊員のBCでの主治医で大喜びです。

【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆7月19日受信(BCからの連絡です。)
>田中隊員は今日の夜にイスラマを立って、明日午後に成田 に帰国予定です。
> 本日(7/18)は保坂隊長・西川隊員がC2を出発C3タッチのC2ステイ
> 遠藤隊員・児玉隊員・小谷部隊員がC1を出発のC2ステイ
> C2に5名の隊員が泊まっています。
> HAP2名も明日の荷上げの為にABCにステイしています。
>16日〜19日は晴れがj続き、20日以降は気圧の谷の接近で、天候は下り坂のようです。
>BCには小林隊員・小野寺隊員・大友隊員・井筒がおります。本日、小野寺・大友・井筒の3名は、コックのサビール氏にガイドを頼んで、ギルギーメモリー(慰霊碑)に行ってきました。 小林隊員は体調不良のため、BCで休養しています。食欲不振で少し心配です。
>ジェネレーターとガソリンはこまめにろ過しながらなんとか動かしています。
>猪熊氏のウェザーフォーカスも精度が高く、いい感じで活用しています。
>特別な病気・怪我もなく、毎日一歩ずつ進んでいます。それではまたご報告します。

【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆7月15日受信(旅行社スタッフからの連絡です。)
田中さんは、陸路で14日夕方イスラマバードに到着し、早速病院で検査後、数日間静養するようです。 
 ◆7月14日受信(旅行社スタッフからの連絡です。)
田中さんは、昨夜、スカルドに下山しました。 スカルドにて旅行社スタッフと合流して、病院へ診察に行きました。(元気な張りのある声だったそうです。)
 ◆7月12日受信(BCからの第3報です。)
7月9日、保坂C1よりC2(6800m)に到着いたしました。遠藤隊員不調で途中下山。 そのまま遠藤隊員と下から上がった西川隊員と私保坂はC1滞在です。 SPO2が51と下がり肺水腫が心配で保坂、下山AM9:15BC昼到着です。検査値OK、BCではLOファイサルがスカルド休養の為に下山していきました。24歳の彼の限界。 他隊も同様のようです。
下から新バッテリーが到着で無線機親機復活、 高速充電機はいまだ不可。 バッテリー液、機材、輸送と担当の初歩連携ミス?完璧は望 めず。 発電機はなんとか動いております。下から新ガソリン到着。 プロパンガスの充填は努力が必要のようです。 昨日より試験、気象予報1報がBCに入りました。猪熊情報。 結果、いいようです。欧州予報も同様で今日10日はどこも動いておりません。
7月10日、風邪で不調だった児玉隊員は4日の休養の後ABCへ上がって行きました。 中国隊1名 楊春風氏が挨拶にやってきました。ウルムチの漢族です。1人EXPです。 ガリンダは登山を終了しており、明日、ラルフがBCに来るとの事でよろこんでおりました。 来るもの帰るものいろいろ。ブロードピーク1隊はヘリで降りていきました。
ここのハイポーター事情ですが、スムシャール村出身者が多く3200mで彼らは生まれ、 そのときから順化しているようです。夏村は4700mだそうです。 夏村で生まれるものも多いとの事です。(ネパールのシェルパ族のようです。) 当面はC2を建設し物資移動(ハイポーターで)と隊員の順化です。
◆7月7日受信(BCに戻った保坂隊長からの報告です。) 
日(月)「ABC〜C1設営〜ベースキャンプ」
 
6090m地点にC1設営(保坂、遠藤、西川、児玉、ハイポータのアリムサとファズル)
    >児玉、西川がABCに4日粘って滞在し、ABCからから5時間歩きっぱなしでC1到達しました。
     (流石「K2」は大きい!)
    >南東稜は現在4隊入山中(北日本隊、韓国隊、国際隊「スペイン」、ロシアのセルゲイ氏)
     で、カザフスタン隊が15日に入山予定とのこと。
    >国際隊は欧州(オーストリア)の気象予報により動き始めましたが、あまり局地気象は的確
     では無いようで、我々もこの情報に翻弄されています。
     (猪熊氏の予報を7月10日より1ヶ月間お願いする予定です:期待しています)
    >残念ながら、日本出国当初より胃腸の不調を訴えていた田中隊員がBCからの離脱決定
     スカルドでのホテル静養、高所順応登山もパスしてのBC入りで、12日間の踏ん張りももはや
     これまでと、全体ミーテングで隊員共通認識を図った上で下山を決定いた次第です。
     (上小牧医師からスラーヤ衛星携帯電話での指示もあったので賢明な選択だと思います)
    >下血継続と高所での回復は望めないので、自分の足で歩けるうちにと、早々の下山を決定し、
     
明日7日に2名のポーターを伴い、田中隊員がBCからバルトロ氷河を経て帰路に着きます。
     (早く体調を回復して、再トライを願っています!)
    >本日、全員ベースキャンプに集結し、「登山再構築」です。
     【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
 ◆7月6日受信(BCからの報告です。保坂隊長がABCにいるため、小谷部隊員からの連絡)
◎ 7月5日 > BC(標高5010m)の気象 朝雪,10時ごろから晴れ、 ABC(標高5267m)雪,午後から晴れ > 前日まで天候が悪く,本日午後から久しぶりの晴れ 。
> 現在はABCに4名(保坂,遠藤,児玉,西川)が停滞。 明日,天候がよければABCの上部キャンプ設置場所の偵察(出来れば設営まで)する予定です。
> 韓国隊のC1より上部に設置したいので、わずかな晴れ間を使って探しましたが、なかなか適地が見つかりません。
> 田中隊員の胃の調子が悪く、本日、国内隊員の上小牧ドクターに衛星携帯電話で問診したところ、 ベースキャンプより上部には上がってはならないとドクターストップがかかりました。よって,田中 さんにつきましては、今後の病状を見ながら登山活動をすることになります。
> 小谷部隊員はダイアモックスを3回服用し無事BCの高度に順化し体調は回復しました。
> (ついでに,小谷部隊員の一言) > みんなから遅れましたが、ようやくBCの高度に順化し登山のスタートラインに立てました。
> 猪熊さん(気象情報提供業者)とは、メールの送受信を確認済みです。
> 現在は、状況を見ながら、いつから気象予報をお願いするか様子見しているところです。
◆6月30日受信(BCからの報告です)
6月28日は雪に成りました。隊員とハイポーターで荷揚げ敢行。 隊員の長靴を借りて3名のポーターも荷揚げをしました。 ABCに上がった保坂、西川、児玉の3名は上部偵察を行い、登路を雪と岩の間に設けまし た。 
200mほど上部を偵察し、腐り気味の新雪を下降しました。 帰路K2のBCは新雪のため他隊全体がレストしていました。 韓国隊でチャを頂き、国際隊でコーヒーを頂き、交流を図り帰ってきました。 BCでは、粗悪ガソリンのため故障していた2台のジェネレーターが田中隊員の手で回復。 これを聞きつけた国際隊のエクアドルの隊員が早速 発電機を持参で頼みに来ました。 PM5直った機械を持ってサンキュウ連発で帰っていきました。 粗悪ガソリンはフィルターをしても又沈殿物を生じその都度ろ過が必要です。 点火プラグも不調で6個取り寄せ手配中です。
南東稜(アブルッチ)のルートを決めた為に基部にABCを急遽、設けました。 当初は4時間かけたセラック帯も順化した隊員は1時間半で到達です。 ABCへの到達回数が2回とABC上部を狙う時期に入ってきました。 ドイツのガリンダは早速アルパインスタイルで上部に上がっていったとの事にて K2BC界隈ではクレージーのうわさです。本人はローツェで順化しているので 当然の事でしょうが
      【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆6月24日受信(保坂隊長から隊事務局への衛星携帯電話連絡) 
  6月24日PM4時頃に、全員「K2ベースキャンプ」に到着。
  明日、BC上部の偵察を行い、アタックのルート(南東稜か南南東リブ)を確定予定(通話時間は約一分程で、  切れてしまいました。 「プリペード携帯は通話料高い?」

   【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆6月20日受信(保坂隊長からの連絡) 
  6月16日(スカルドでキャラバン前の準備)
   各自、出発前の最終の買い物や休憩を取り準備万全。
  6月17日(スカルド→アスコーレ)
   スカルドを早朝出発、ダッソで休憩後無事アスコーレのキャンプに到着。
  6月18日〜20日(アスコーレ→ジョラ(1泊)→バイユ(2泊))
   アスコーレからジョラ経由でバイユ着(ここで2泊)、バイユの夜はポーター達の夜の歌合戦?太鼓の音で   隊員も楽しみました。1日2ステージ進んで、4ステージで休養日が入ります。隊員は久しぶりの休養日を楽し  んで、思い思いの休日を過ごしました。
   キャラバンは、133名体制です。ポーター不足の意味は、地方の出稼ぎ者が、国情不安定で外国隊が来な  いと踏んだ為ですが、蓋を開けると結構外国隊がやってきて、混乱が生じています。
   ドランゴ山群とバルトロ氷河の巨大なモレーンが見えています。明日(21日)から氷河上のキャラバンです。
   【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK

      
◆6月15日受信(田中俊雄さんからのハガキ)
 
国内では色々とお世話になりありがとうございました。猛暑のイスラマバードを抜け、インダス川に沿った断崖、絶壁の道(カラコルムハイウエィ)を車で28時間ゆられオアシスのような「スカルド」にいます。緑もあり4,000〜6,000mの山に囲まれ快適なところです。ここで最後の買い出しを行い、K2に向けキャラバンに出発です。本番はまだ先ですが、あせらずゆっくり登ろうと思っています。          6/8 田中俊雄
 【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆6月10日受信(児玉隆司さんからのハガキ)
 出発に際しての壮行会及びご支援、ありがとうございました。6月4日イスラマバードは酷暑40℃を超えています。 明日はいよいよ次なる経由地スカルド目指して出発します。多分2日かかると思います。吉報をお待ち下さい。頑張ってきます。(イスラマバードにて 児玉)
◆6月8日受信分 
6月5日
 早朝出発、督永さん、恵子さんの見送りとおにぎりの差し入れを受けて暗い中疾走する。 途中 リエゾンオフィサーを町はずれで拾い タキシラなどの遺跡の町、大学のある町、工業の町など活気 ある パキスタンの1面も見るがそこは男社会で女性は99%存在なし。何かが変であるが中にいる 人は気づいていない。そこが問題か?、アジアハイウエーからカラコルムハイウエーとは名ばかりの雑踏とガタガタ道でインダス川の縁を走っている。支流の橋が崩壊で足止め1時間半。リエゾンの話 しでトップとなる。軍がルールである。インダスは濁流である、冷気と凄みがある。魚、植物プラン クトンを寄せ付けない朝食マンセラにて、昼食はぺシャムではパキ料理、皆おいしいと食欲旺盛で安心 。チェックポストで警備兵が2人乗り込み雨の中を進む(外国人防御も兵隊の役目である。)宿のチ ラスは23時を回っている。バイキング食事の後は6時起床を約束し部屋に入り、解散、風呂でシャ ワー、アイポット充電し、明日に備える。床に就いたのは1:30を回っている。ドライバー18時間の 運転である。ハードワークである。
6月6日
 6時起床で 7時食事出発は雨の中である。先が思いやられるも午後にはあがる。インダス川添えの道は落石があ り、40分待たせられるが重機で除けて開通。デアミール谷のナンガパルバート入り口で山が見えるところは残念にも雲の中である。ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈、ヒンズークシュ山脈の分岐点(ジャ ンクション)は雨の中、洋の東西の登山家たちが色んな思い出通過したのだろう。しばし感無量。昨 日に比べて楽な移動であり、目的の町の見えるビューポイントで停車し遠望。砂の海にオアシスが見 える感じ、キンポウゲとブルースターなどが見られる。ポプラは白楊樹と書く、ヤマナラシは白楊である。直立していて便利な木のようだ。明るいうちの17:00スカルドに到着。ドライバーに2000円 のチップをはずむ、ご苦労さんでした。マンゴージュースでミーテング今後のトレッキングの立ち上げを行うリエゾンオフィサー、ガイドのサデック、HPのアリムサを入れてデナーとなる。食欲もあり 、ジョークも出、体調良好で一安心、順化行動HP確認する。まずは安心。出発前にもう1度送付予定である。45円なりネット情報はオヤベに任せて 、明日ジープ5台を手配し、出発である。ナジール酸素の残金支払い小野寺終了。絵葉書の礼状を スカルドで郵便局に出すには明日の10時までである。出発予定は10時と決める。スカルド紹介宿舎はグンバ『高いところの意味』スカルドにある、コンコルディアホテル。 砂漠のオアシス的な町は至って静かである。北の辺境地区は無税で中央政府も気を使っているようだ、中国援助でカラコル ムハイウエーは整備。今の時期キスゲが 咲いている、さくらんぼも色つき、ナツメの花がいい香りを町中に振りまいている、ポプラが天に向 かってまっすぐに伸びている。時折砂塵、氷雨もある。天気雨で終わった。今後の計画はスカルド2 日の滞在後、アスコーレ2日滞在、偵察しスコロBC移動スコロで順化後 アスコーレ1泊、スカル ド2泊でアスコーレより18日キャラバン開始する予定。
【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK
◆6月5日受信分
 6月5日イスラマを出発です。 すべての手続きが終了しいよいよ出発です。 ヘリ要請キット、緊急時の対応も万全です。 酸素器具9セット用意、32本のボンベチェックです。
 今後のスケジュールはスカルド移動3日、3日滞在、2日の移動でアスコーレ、順化行動に入ります。 LOも決まり観光省、パキスタン山岳会のブリーフィングも受けました。
  隊員元気です。 紹介書いてはメールに失敗し次回にします。
  オヤベはスラーヤと格闘中です。 田中は電気つくりです発電機2台持参予定です。 小林は再梱の号令です。 井筒はカメラマン、西川は再梱で汗しています。 遠藤は順化のトレーニングメニューを作っています。 大友はナースの気配り家です。小野寺会計はチェンジマネーです。 食料の児玉は今後の買出し、おいしいものを食わせてくれるでしょう。 みんなで開梱、再梱包格闘で昼はチャイニーズ、パキスタン料理日本食 毎日メニューを変えて合宿所です。 42度Cの気温の中頑張っています。
【詳細は2009年K2登山隊ホームページへLINK 

  秋田県山岳連盟常任理事の田中さん、児玉さん、会員の大友さんが、北日本海外登山研究会の2009年K2登山隊に参加し、今夏K2登頂を目指します。隊長を務めます保坂氏(福島県山岳連盟副会長)は、秋田市出身で、山岳スキー競技大会にも何度か参加された方です。同隊のご成功を心からお祈りします。
 なお、このページは、保坂隊長の許可を得て転載したものです。詳しいことは同隊の公式HPをご覧下さい。2009年K2登山隊ホームページへLINK


登山隊の予定

月 日(曜日)  日     程  
5月27日(水)  先発隊カトマンズ(ネパール)経由で入国
 (梱包、隊荷、航空便にて発送)
 
 
6月1日(月)   本隊日本出国(成田空港)  
6月2日(火)  パキスタン入国(イスラマバードにて準備・点検作業)  
6月5日(金)  スカルドに移動(順化を兼ねてトレッキング「7日間予定」)  
6月12日(金)  キャラバン出発  
6月20日(土)  ベースキャンプ到着(以降登山期間:約50日間))  
7月下旬〜8月上旬  K2(8611m)登頂予定  
8月25日(火)  イスラマバード帰着(帰国準備)  
8月30日(日)  日本帰国予定(成田空港) 

隊 員

 役 名    氏    名     ローマ字(氏名)   派遣元    担当任務 
隊 長 保坂 昭憲 Akinori.Hosaka (福島) 総括
副隊長 小野寺 光義 Mitsuyoshi.Onodera (岩手) 総括・記録
隊 員 大友 輝子 Teruko.Otomo (秋田) 医療・食料
隊 員 遠藤 博隆 Hirotaka.Endo (山形) 装備・戦略
隊 員 小林 重一 Jyuichi.Kobayashi (新潟) 輸送・梱包
隊 員 西川 敏正 Toshimasa.Nishikawa (新潟) 装備・戦略
隊 員 田中 敏雄 Toshio.Tanaka (秋田) 装備・燃料
隊 員 児玉 隆司 Takashi.Kodama (秋田) 食料・映像
隊 員 小谷部 明 Akira.Oyabe (福島) 無線・通信・気象
隊 員 井筒 智子 Tomoko.izutsu (新潟) 記録・映像

登山隊の趣意書

2000年東北地区海外登山研究会で「チョモランマ2000」遠征隊を皆様の協力により無事成功させて頂きました。

隊員の有志よりK2をと言う声が上りました。中高年が主体の遠征隊ですが、やれば出来るをバネに活動中です。

趣旨賛同頂きまして協力頂ければ幸甚です。


 
趣   旨:東北地区の6県及び新潟を含む海外登山の研究会(北日本海外登山研究会)が母体となり、

        世界第ニの高峰K2(8,611m)の登頂を目指す。

        パキスタン国と友好を図りながら、安全登山を目指す。

  遠征隊の研究実践をしながら、隊員の山岳文化の追求を行う。

  以って参加隊員と支援者、同好の岳人と情報交換により、登山の楽しみを共有したい。

  意思があっても、パーティを組めない東北地方の岳人にパフォーマンス舞台を提供する。

 山   名:世界第二の高峰 K2 8,11m (中国名チョゴリ峰)

 時   期:2009年夏季 6月上旬〜8月下旬(3ヵ月間)

 位   置:パキスタン、カラコルム山脈バルトロ氷河

 登山形態:極地法により、必要最小限の酸素を使用しルートは、南東稜南南東リブにて、速攻で登頂を目指す。